かにみそさそり座

のーみそこねこね おうし座です

アニメの修と遮断機の話

前回の続きを書こうと思っていたのですが、ちょうどニコニコ生放送でワートリのアニメ一挙放送がやっているそうなので、アニメのことを少しだけ。息抜き程度に自分なりの感想を。見直して書いてる記事ではないので、またしても記憶の中の感想です。

今回、読む人にとっては「作品への好意の表明」の記事ではないかもしれません……
「いろんな見方ができるんだな」て思えるからアニメも見てます、て話です。
 
誤解して欲しくないのですが、この記事の感想は、アニメをdisってるわけじゃないです!こき下ろすことなんてできない!保身とかじゃなくて、心から尊敬してます。こういう見方もできるんだな〜という点で、アニメのワールドトリガーの描かれ方はとても楽しいです。私にはない視点が多かったので!どうしてこういう見方ができるのかとか、いろんな感想を読みたい。だから、手始めに「私はこう思った」という記事を書きます。同じくらいどうしてこの話を受け入れられなかったのか、とかも書いてる。友達少ないから意見交換できない虚しさ……他人の視点から読んだら全然別の話になるんだろうな、というのが、やっぱりとても楽しくて好きです。私はただのクソオタなので解釈違いを楽しむのはとても好きなのですが、地雷解釈がなぜ地雷解釈なのかを考えることが、私にとっての地獄でとても楽しい!てことです。なので、ぜんぜん、ヘイトではない。ここはクソオタとしていちばん誤解されたくないところです。
 
 
 
アニメ ワールドトリガーは日曜朝6時半〜という放送枠ですが、用事のある日や寝坊した時、見るのがしんどい精神の朝は録画に頼りますが、基本的にリアルタイムで視聴してます。
 
この枠であるからか、作品の持つ特徴でもある、全体に漂うドライな雰囲気やシビアなところは少し緩和されています。かわりにほんわり漂う優しさや柔らかさが強調されていて、わかりやすいようキャラクターの台詞や振る舞いを変更しているところがあります。
私は、特に修に関して、原作での演出と異なる点が多く感じていました。(とりまるも自分の読み方と大幅に違くてびっくりしてましたが、こちらはうまくいえない……)アニメ一話で今でもよくわからないのは、修に助けられたクラスメイトが笑顔でありがとうっていうところなんだけど、ここのアニメの修は原作読んだ時の印象との乖離がかなり大きく思いました。修のための世界が原作より少しだけ甘いかんじ。良くない印象のある言葉だと、愛され主人公てかんじ。ここで、助けた側にすら戸惑われる、受け入れられないからこそ、後の、遊真がクラスメイトに受け入れられていく様との対比、ボーダー隊員として受け入れられて良心の呵責に苛まれる様との対比、嵐山隊や木虎の思想との対比が顕著だと思ってたので……ただ、この件に関しては、功績の所在に関しての遊真の台詞があること(「おれはオサムを助けただけで、生徒を助けたのはオサムの手柄、自分の手柄を人の手柄にカウントするのか?」みたいな台詞がモールモッド戦後に入る)ので、修というキャラクターが行ったこととしてわかりやすく記号的にまとめていたのだろうと思ってます。ただ、私は、修の持つある種恐ろしいまでの「自分の世界」を貫く様が、魅力として描かれているように思うので、やっぱり原作の含ませ方が好きです。三雲修がどういう人間なのか、という面では特に。
また、アニメ一年目最終話でもある第四十八話(完全アニメオリジナル脚本の回)にはとてもびっくりしました……アニメオリジナルが入るのは宿命だけど、本当にびっくりした。話の構成として「焦って落ち込むオサムが本来の在り方を見直して立ち直る」というのがニチアサ的な話の主軸だとしても、この時点で勝手に焦って立ち直るのは物語に対してだいぶ印象が異なると思ったので……キャラクター性というより、作品の構成として描いてきた世界や物語そのもの、土台から違うもののように思えて、びっくりしました。修ってあんなことで泣けるの!?てずっと思ってる。(病院屋上信者なので)修に憧れる一般市民が描かれていいの!?とも思ってる。(この子に関しては一話のいじめられっ子と同じ)この段階で修がああいう行動に出ることがわからなくて、リアタイ視聴しながら混乱してました。もちろんアニメ一年目最終話だからこうしてまとめた話であって、本編とは異なるものだということはわかっているのですが、基本的に玄界の世界が開けすぎているのがすごく気になってます。この感覚をいまだに噛み砕けないので、他の人の感想などをたくさん読みたいと思ってます。修が皆にかまわれているシーンとか、私には絶対に出来ない読み解き方や視点なので、特に。(みんな頭で考えることのできる人なのにあんな訓練に付き合うか?という気持ちを抱いてしまうので……)
私個人としては、いままでの記事で書いてきたように、世界がキャラクターを簡単に迎合しないところがすごく好きなので、少しだけ残念に思ってました。これはニチアサ枠だから、というわけではなく、漫画からアニメへと変えるときに、より具体的で記号的なわかりやすい世界になるのはしかたないことなんだけども、自分が感じていた魅力を削られているので、ちょっとだけね。
 
でも、アニメでわかりやすくしてくれている点を見ることで、自分の中ですごく考えの幅が広がることがいっっっぱいありました!
遊真の声がすごくすごくすごーーーく好きで、好きなキャラクターだから贔屓がすごいのもあるんですが、本当に毎回村中さんの演技に感謝しまくりです。日曜朝6時半に神に感謝して泣いてるてレベルで好き。好きなシーンの台詞が全部サイコーすぎて大好きです……遊真が遊真!てかんじ、もはや村中さんの遊真しか脳内再生出来なくなってしまった。声がつくってすごい。動きもかわいいからずるい。無条件で好き……て平伏してしまう。
 
あと、演出にはいろんなシーンで感動してました。私はバカなのでアニメによって気づかされる点が多すぎて、やべーーー!ここ、こういうかんじだったんだ!すごい!!!楽しい!!!て素直に思えました。
中でも特別印象に残っているのは、迅さんが遊真を玉狛に誘うシーン、踏切の遮断機です。私はここを原作で読んだ時、背景に描かれた踏切は「上がっていくもの」と読んでいました。バカなので、迅さんのセリフによって遊真の選択する道が開けていくんだな〜〜〜と単純に思っていたからです。お恥ずかしい……たぶんきちんと読み込んでる人にとってはここは降りてくる遮断機だってわかるかんじだったんでしょうね……お恥ずかしい……
アニメでは遮断機は「降りてくるもの」でした。音を立てて道を塞ぐもの。このシーンは、三輪隊との戦闘を旧弓手町駅で行った後のシーンです。アニメではこの戦闘の直前に「この駅に電車が来ることはない」ということを修に説明され、遊真が残念に思うシーンがあり、気持ち多めの尺を取られています。ここの演出がすごく好きでした。近界民によって失われたものの象徴として、人を乗せて三門市を離れる電車の存在があることをきちんと提示し、描写されていて、その上で「近界民によって失われた、損なわれた者たち」のいる三輪隊(これを言及するのは、「自身は損なわれていない」と思っている三輪隊の米屋)との戦闘が行われます。そしてその後、近界民である遊真がボーダー支部である玉狛に誘われる。その時に、人を乗せた電車が前を横切る、という点で、この遮断機の演出にとてつもなくハッとさせられたのを覚えています。遊真はこの後、自身の失われたものである父の存在を(そして誘った迅さんも失われた師匠の存在を)明かし、遊真は玉狛に入隊することを「ここは父の故郷だが自身の居場所ではない」と断り、現在の自分に至るまでの過去を語ります。遮断機で遮られたのは、遊真は玄界ではただの近界民であるという立ち位置をより際立たせていて、この演出はそれをとても助長させていて、すごく好きでした!また、人を乗せて三門市を離れる電車が彼らの前をこれから横切るのだという暗示的なシーンで、未来がここから動いていく雰囲気も持ち合わせていて、原作で特別意識せずに背景を読んでいたのをとにかく恥じました……アニメならではの音と動き!感動です。読み解くべきものしか描かれてていないんだな……すごい。
「音を立てて降りてくるもの」、道を閉ざしていくものとしての遮断機の話でしたが、ワートリのゲート発生の警報は「音を立てて降ってくるもの」として描かれていて、ゲートそのものは異世界から開いていくもの、というのもとても楽しいです。アニメオリジナルのシーンで好きなところは、警報を鳴らすシーンでボーダーの内部を見せたところ。見せてたよね!?ちょっと記憶が曖昧だ……すみません……なんか、薄暗い室内の沢村さんとかが出るカットが記憶にあるけど、違った気もする……でも、最初の方のアニメの演出によって、ボーダーが玄界と近界の境界でありながら視聴者は後々この視点から世界を読んでいくのだ、というのを際立たせていたように思ってました。
あとやっぱりごはんたべるシーンいっぱいあるの嬉しいです。ジャングルジムでハンバーガー食べるのすごく好きだった。チカちゃんのおにぎりとか玉狛のごはんとか、すごく好きです。
音と動きはやっぱりすごいですね!アニメの情報量もとても多いから、原作すら読み解けない私には処理しきれないのですが、原作の含ませたところを読む時に、私には気づけなかったところを気づかせてくれるきっかけになるところもあって……きちんと読んでいれば気づくんでしょうが、頭が悪いのでとても助かります。
 
地雷解釈で発狂することもありますが、なんでなのか、を考えさせてもらえるのがすごく好きなので、やっぱり楽しくていいな、と思います。クソオタなので自解釈固めるの好きだけど別にガチガチに固めてるわけじゃないから「へ〜〜〜」て思えるしやっぱりすごい。
 
私はファンとしてメディアミックスってすごく大変なんだろうなと思ってるのですが、ワートリの他視点多視点なところがより楽しめて、そういう意味でアニメも好きです!て話でした。原作が好きだからこそアニメもある面ではおもしろい、て話なんだけども……また無意味な話書いたけど私が楽しかったからいいや。かつて日曜にダラダラツイッターしてたことの中から記憶にあることをまとめただけの記事で、やっぱりあんまり好意の表明じゃないかも。でもちょっとだけど言いたいこと言えてスッキリしました。おわり。